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日々これ上々

なにげない毎日のささやかな事件?を記録します。

三陸に行ってきました①

残暑厳しい毎日ですが、
皆様いかがお過ごしでしょうか?
今日はあの東日本の震災からちょうど1年半です。
あっという間といえばあっという間なのですが、
いつの間にやら、あの衝撃が自分の日常に流されている今日この頃。
本当はまだまだ問題山積みなのですが、ダメですね~。
そんな中、震災後、ずっと行ってみようと思っていた三陸にようやく行くことができました。


1日目 仙台→松島→女川→南三陸気仙沼(宿泊)
2日目 気仙沼陸前高田→平泉
というルートを車で回りましたよ。

1年前に旦那さんが職場の人とまわった時は、結構片づけが進んでいなかったそうで、
電車の残骸などがまだ放置されていたとのこと。
もしかしたら、まだ結構片付いていないのかなと思って出かけましたが、
思ったよりも片付けは進んでいました。


こちらは女川の高台の上の神社からみた町の様子。
建物の地面から上の部分はすでにカットされ、平らになってました。
この何もない風景が平野全体に広がっていました。
見た目には片付けられているのと雑草の緑で柔らかくなっていますが、
ここに住宅が広がっていたのかと思うと、住民の方はどこに避難しているのかと
なんとも言えない気持ちになります。



岸壁が完全に沈んでしまっている様子。
残っているところも、海面に比べてすごく低いです。

女川から南三陸に行く途中の小さな漁港 岸壁が沈んでいます。

私は福岡出身なので、三陸の風景はテレビとか、あ、あと松島に社員旅行で行ったくらいで、
あんまりピンと来ていなかったのですが、
まず、三陸沖は太平洋沿いだからなのか福岡よりも海が青くて、とても透明度が高い気がしました。
「綺麗な海に漁船が浮いてるなあ。こんなに綺麗な海からとれる魚は美味しいだろうなあ」
みないな感じ。
そして、リアス式海岸なので、車で海岸沿いを走っている間にも何十回とアップダウンがあります。
で、下ったところには必ずと言っていいくらい、小さな漁港がある。
坂道を下るたびにテレビにも出てこないような小さな漁港?があらわれて、小さな漁船が泊っていて、そして今回の津波で、例外なく岸壁が沈み、扇形に何もない地域が現れるといった感じでした。
何が言いたいかというと、私が思っていたよりも、ずっと海と共に生活があるということ。
漁業やそれに関係している産業で生活をしている人の割合が、半端なく多いのではないかということ。


南三陸町の看板

だから、海を離れて生活しなければならない多くの方がいらっしゃると思うと、
仕方がないこととはいえ、なんとも言えない気持ちになります。
この「ふんばれ」がね。

何もなくなった景色もそうだけど、地元の方がつけた看板がなんだか苦しく、
写真を取ろうと決めた私でしたが、
被害がひどいところほど、このような看板は見られなくなりました。
私が心を痛めたところで、何もできないのですが。

そんなわけで、
まだまだ紹介したいのですが、全部紹介するまでに時間がかかりそうなので、また今度。